いじめ

子供のいじめ問題がクローズアップされるようになってから随分年数が経ちます。
”有識者”たちが不毛な議論を繰り返すだけです。

いじめを無くそう、どうすれば無くせるのか、と言っている”大人”たちの周りにいじめはないのでしょうか?
僕は教師の友人が多いのですが、職員室内での大人同士のいじめの陰湿さは、子供顔負けだそうです。
子供にくらべて知恵も回り手段も豊富ですから、より陰湿です。
子供の場合は自分を守る術をまだ身に付けていません。
だから自殺まで走ってしまい、世間も大騒ぎになる。
綺麗な言葉を並べていいことを言った気になっている有識者たち…自分たちが子供の延長にいることを忘れて理想論に逃げ込んでいる気がします。

年齢関係なく、どの集団(大人社会、子供社会、ご近所社会、会社社会、etc・・・)にいても、皆自分の存在を認知してもらいたい、という基本的欲求があります。
認めてもらうには、他人との差別化が必要です。
その一番の近道が、近くの他人を貶めて、相対的に自分の立場を上げようとすることです。
匿名掲示板にあふれるきもちの悪い中傷合戦、お互いを馬鹿にして文字で相手を貶めて、中傷合戦に勝利しようと必死です。
(ちなみに他人との相対的な関係性で生きているのは日本人の特徴だと思います)

一番になりたい人ばかりではありません。
でも逆に、ビリにだけはなりたくない。
そういう恐れが誰の中にもある。
だからスケープゴードとしての特定の犠牲者がいて、ビリはこいつだ、と明示できれば、残りの全員が安心できます。
たった一人の犠牲者がいれば、残りの全員が安泰です。
せっかく自分の立場が安全になったのに、それをわざわざ先生や大人にチクる人はいません。
安全だとは言え、それでずっと安全が保証された訳ではないからです。

元々、一定人数の集団がいれば、必ずいじめられ体質の人がいます。
どういうタイプ、と明確に言うのは難しいんですが、でもみんな分かっているはずです。
だからその場の空気で、スケープゴードが暗黙の了解で決められていきます。
明確ないじめ対象がいない集団の場合は、時によって、簡単なきっかけでスケープゴードの入れ替えが行われます。
だから安全と言っても、不安定な安全におびえ続ける以上、それが集団の外部に漏れて、今のバランスが崩れるような危険は誰も犯したくない。
スケープゴードに対して人間的に同情はしても、自分を危険にさらして救おうとする人間が果たして何人いるでしょうか。

こういう状況は昨日今日に始まったことではないはずです。
ただそれが昔に比べて、個の意識の高まりと、様々な小道具の発達によって手段も増え、増幅されているだけです。
主流となっている主張<いじめは悪いことだから根絶しなけりゃいけない><どうしたらいじめを無くせるのか>、という論の立て方自体が誤っている気がしてしょうがありません。
あまりに単純すぎるでしょう。
有識者会議で話題になっている、「いじめた者を出席禁止にする」かどうか、の議論など、まさに水戸黄門的勧善懲悪、悪をいじめる世界観で、開いた口が塞がりません。
上の理屈でいけば、被害者以外、全員が加害者だ、というのが実態です。
全員を出席禁止にすれば、確かに被害者は心やすらかに学校には行けるでしょうね。
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by mogran_ragnarok | 2007-01-11 00:22 | 思い
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